娘の手当ては、ごはんが終わるまで
食事中、娘が僕の右手をじっと見ていた。
「これ、なーにー?」
手のひらのあかぎれだった。
皿を洗ったり、米を研いだりで、今年は特にひどい。
娘は左手で持っていた食器を置くと、あかぎれを指でそっとさすった。
「いたいー??」
「うん。いたいんだ。ありがとうね」
まだ2歳なのに、こんな小さな傷に気づいてくれた。
それから娘は食器を持たず、左手を伸ばして、僕の右手の小指を握った。
右手でごはんを手づかみしながら、そのまま食べ終わるまで放さなかった。
小指を握られている間、娘が転んだ日や泣いた日のことを考えた。
僕は、こんなふうにさすってあげていただろうか。
たぶん、やっていない。
「大丈夫かい? 大丈夫だよ」
深く考えず、そう言ってきた。
考えてみると、あれは娘のためというより、自分のための言葉だった。それが本音ですね。
「大丈夫」と言っておけば、親として何かしている気になれた。
僕が見ていたのは、娘ではなく、良い父親でいられているかという自分だった。
仮に娘が小学生なら、転ぶたびに「いたいのいたいの、とんでけ〜」とやっている場合ではない。
でも、娘はまだ2歳なのだ。
間違いないのは、娘の手当ては、ごはんが終わるまで続いたということ。
僕の手当ては、「大丈夫」の一言で終わっていたということ。
ごはんを食べ終えた娘は、僕の指から手を離した。
そして、僕に視線を向けながら、牛乳の入ったコップを両手で持ち、飲み始めた。
その視線に、僕はこう言われた気がした。
「お願いしますね」

